鍋男の悲哀

cooleyes kidd

2009年06月26日 07:00


彼女は朝食もまだだったので、その店で鍋男と話しながら、まんじゅうなどをつまみだした。
確かに味はいい。
ふかふかしたまんじゅうの皮、汁気たっぷりの餡もたまらない。
「えへへ、そんなにうまそうに食べてくれるお嬢さんは久々だなぁ~作りがいがあるってもんさ」
鍋男はそういって、体を揺らして笑った。
「まんじゅうや、煮猪脚をつくるなら、人間の姿のほうが楽ではないのですか?」
彼女はまんじゅうを食べる手を止めた。

「それがよお、商売がうまくいきはじめたときにいい鍋を買ったのさ。熱すりゃ、すぐにあったまるし、
温度管理も自由自在。なんてったって、思い通りの味以上のものをつくってくれるいい鍋だったんだ
よ。でもよ~こともあろうに、壊れちまってね。新しく違うのを買ってみたものの、うまくつくれないんだ
よ。こまってね~こまってね~、あの鍋がまたほしいってずっとおもってたのさ。
で、その鍋がないもんだから、味がどんどん落ちてきてねぇ。客もよりつかなくなっちまって、俺もだん
だんしんどくなっちまってねぇ・・・あの鍋がもどりゃ~すぐにうまいものぐらいつくってやるよなんて、ず
っとくやんでたんだなぁ。
そうしたら、夢を見たのさ・・・」

あの鍋でうまいもんをつくる夢をさぁ・・・

鍋男はそう小さな声で呟く。
「そうしたらよ・・・朝起きたら、急に体がおもくなりやがって、気がつけばあれよあれよという間にこの
姿さ・・・。でも、悪くはないぜ。これで俺がいるかぎり、いくらでもうまい料理がつくれるってもんさ。
ふふふ、まぁ、もう味なんてわかりゃしないんだけどよ・・・いいのさ、俺が俺で料理できるのさ・・・」
鍋男は満足そうにつぶやいた。

5 青龍路