九龍裁縫屋

「すこし、これでも飲んで落ち着きなさい」
カウンターに入ると、その店員はやさしくそう言って、彼女に席を勧めた。
柔らかそうな顔をした整った顔立ちの女性だ。
東洋的な顔立ちだが、オリーブとブルーの瞳が印象的だ。
「あの・・・そういえば、マスターは・・・？」
彼女は壁男よりは話の通じそうな彼女に、そう尋ねた。
店員は少し困った顔をして、そして、

「さぁ・・・私も、壁男に頼まれてここにいるだけだから、マスターに会ったことないのよね」

と、言った。
「酒が好きな人だったらしいから・・・もしかしたらね・・」
その言葉にすうっと冷たいものが彼女の背に走る。

ああ、根詰めてはいけないと思いつつ、どうしても、チャイナドレスのことになると惑わされやすいわ・・・

彼女は差し出されたグラスに注がれた九龍酒を口にしながら、眼を細める。
「私もね、時々、ふっと意識が飛ぶような、沈んでいくような浮かぶような・・何とも言えない心地になることがあるのよ・・気をつけないとね。ただ、私は何を妄想しているのかしら・・それがわからないのよね」
店員はそう呟いて、さびしそうな顔をした。